IMPACTISM “OUR FUTURE” は慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート (KGRI) による2040独立自尊プロジェクトによって生まれた、学生による番組です。2040年には未だ人類が経験したことがない超高齢社会が到来し、私たちの生活はもとより、国の基盤も揺るがすような危機に直面すると考えられています。この「2040年問題」に対して、大学での学びが将来どこに結びつくのか、未来を担う学生の目線で今とこれからを発信していきます。
IMPACTISM “OUR FUTURE” #2-3:
DEEPER —自分のコアを探査する—
Season2 第3回では、学部4年の小栗章太郎さんが、“自分探し”をテーマにお話しします。
ともすれば若者特有の非生産的活動だと見なされがちな「自分探し」。しかしライフ・シフトの影響が広く一般に普及し、老若男女が頻繁に自己を見つめ直す時代が近く訪れるかもしれないと言ったら驚くでしょうか?今回は自己分析の方法やその必要性について、『ライフ・シフト』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著)にも触れながら提案していきます。
時事トピックスでは“メタバース”という昨今話題の新技術を取り上げ、それによって変化するものとしないものは何かを考えます。
→ ポッドキャストを聴く(音声配信ツール「Anchor」)
以下全文
皆さんこんにちは。慶應義塾大学4年の小栗章太郎です。
慶應義塾大学KGRIによって活動している私たち学生によるポッドキャスト。2040年という未来までに日々大学で学んでいる私たち学生に何ができるかを話していく番組です。
学問はどのように変化していき、そして今学んでいることはどこに辿り着くのか。時事のニュースや話題を、共に語っていきたいと思います。
「あなたはどんな人ですか?あなたのやりたいことは何ですか?」就職活動を前に、誰もがこの問いへの答えを捻り出そうと悶えます。ある人は今までの経験から難なく導き出し、ある人は自分には何もないと悩み苦しむことでしょう。あなたなら、どう答えますか。
私は、高校3年の頃から今日まで5年間ずっと、答えを探し求めて来ました。今回の配信では、その経験と気づきを共有すると同時に、なぜ2040年に向けて今まで以上に自己分析を重視する必要があるのかについて考えていきます。就職活動を始める方、大学生活に虚しさを感じている方、自分を変えたい方をはじめとする、全ての悩める人への参考になれば幸いです。
私はこれまで、興味を持ったことはそれなりにチャレンジして来ました。ギターを弾いて、スケートボードに乗り、ビジネス書を読みました。近藤麻理恵さん流の片づけにハマった時は、物を捨てすぎて親に怒られました。何度か1人旅も経験しています。初めての1人旅は、大学1年生の夏休みにインドを訪れたことです。大学2年生で交換留学をし、COVID-19のため早期帰国をした後は実家でオンライン授業を受けていました。その間、数学を小学校の範囲から大学受験レベルまでやり直したり、中国語を極めたり、お菓子や料理を作ったりしました。延々とやりたいこと探しをするよりも、「できること」を増やすことで前に進んでいる実感が欲しかったからです。他にも、色んな本を読み、色んな授業に顔を出したりして自分のやりたいことを探していました。もちろん、性格診断や強み分析ツールは何10回と受験しましたし、百を超える自己理解のための質問にも答えて来ましたし、事あるごとに考えを紙に書き出してきました。日記も11年間毎日つけています。
それでは、これまでの自分探しで「自分は何者か」がわかったか、と聞かれると、答えは”No”です。色んなことに挑戦した結果、そのどれも「継続的にやりたいことではない」ということはわかりました。旅や留学をしたくらいで人生が変わる人はむしろ少数でしょう。性格診断や就活支援サイトのキャリア診断は、自分の性格や強みを客観的に知る分には大変便利ですが、「自分が何をしたいのか」は教えてくれません。まるで高効率のフィラメントを探していたトーマス・エジソンのようですが、もっと効率の良い見つけ方はあります。
私のおすすめは、これまでの人生で「楽しかったこと」を書き出すことです。これは、就職活動の過程で出会った自己分析ツールを自分なりにアレンジしたやり方なのですが、できるだけ具体的に、楽しかったこと、嬉しかったこと、テンションが上がったことをリストアップしてみます。そこからあなたの人生を充実させる要素が見えてくるかもしれません。これがあなたの「軸」になります。私の場合は「1人じゃできないことに没頭する」ことがカギの1つだとわかりました。これと並行して、自分が好きなこと、何となく気に入っているものを書き出します。ガラス細工、スポーツ観戦、提灯の明かり、キャンプなど。アルファベットや数学記号でもいいですね。「〜すること」など、なるべく動詞で書き出すのがコツです。そうすると、いくつかの面で共通するものが出てきます。それらがあなたの「軸」及び「興味の対象」です。以上2つのワークで見つけた複数の軸と関心を掛け合わせると、肚落ちする「やりたいこと」が自然と見えて来ると思います。そうしたら、没頭してみてはいかがでしょうか。なぜなら「幸せ」は「充実」から、「充実」は「楽しむこと」から、「楽しむこと」は「没頭」から生まれると思うからです。自分の実体験から素直に選んだ「楽しいこと」ならば、自分の性格・強みと相性が良く、なおかつ人と比べたりしていないためちゃんと楽しめそうな気がしませんか。
これから2040年に向けて、選択肢はどんどん増え続けるでしょう。例えば授業は対面かオンラインを選択でき、受ける場所さえも自由になりました。副業やテレワークの促進で働き方も多様になると、束縛が減る反面、逐一自分で選択しなくてはならないことによる決断ストレスが増加しそうです。そんな時、人は必ず「自分は何がしたいのか」「自分は何者か」に立ち返ると思うのです。自由時間は増えたけどやることがない虚しさは、大学時代を経験された方ならきっとおわかりでしょう。選択肢が増えるとは、迷いと悩みが増えること。これからは、年齢に関わりなく今まで以上に自分探しをする人が増えるに違いありません。
『ライフ・シフト』という本をご存じでしょうか。ロンドンビジネススクール教授のリンダ・グラットンとアンドリュー・スコットが著した、人間の寿命が100年に伸びた時代の人生戦略についての本です。これによると教育を受け、仕事をし、引退するという3段階の人生モデルが崩れ、どんな順序でどんな生き方をするかを自分で選べる「マルチ・ステージの人生」が標準化するそうです。これまで当たり前だと思われてきた人生モデルや生き方が大きく変わること、それが「ライフ・シフト」です。マルチ・ステージの1つは「エクスプローラー」と呼ばれています。このステージでは、旅に出たり色々な人と出会ったりして既存の価値観を疑い、自分と世界についての理解を深めるそうです。自主的に選ぶ機会が増える2040年に向けて、エクスプローラーの時代は多く、長くなるでしょう。
選択肢に直面する度、それが困難で不安なものであるほど、人は原点に立ち返るべきです。しかしその立ち返り方は、誰も教えてくれません。なぜなら誰もわからないからです。私はまだ20数年しか生きていませんが、自分探しの過程で気づいたことがあります。それは、人生の面白さとは、決して誰かの成功体験をなぞることができず、どう生きても1人ひとり違ったようにしか生きられないことにあるということです。どれだけ頑張って真似をしても、結局自分のオリジナルになってしまう。必死で人と比べて真似をしている自分の姿を思い浮かべると、何だか滑稽で少し笑えて来ませんか。
人生100年時代。常に今がチャンスです。何をするにも遅いなんてことはきっとありません。長く伸びた寿命の分も、自分の感覚と感性を頼りに、小さな「好き」を育てて充実した日々を送りたいものですね。どんなに良くできたAIでも、笑うことはできません。人間らしく楽しく笑って生きている姿を次の世代に見せることで、活き活きとしたエネルギーを人から人へ、時代から時代へと伝播させていきましょう。
今日の気になるトピックス!
今回取り上げるトピックスは、メタバースです。「メタバース」とは、ネット上に存在する三次元の仮想空間のことで、「アバター」と呼ばれる自分の分身を介して空間内で活動できます。その中でも、例えば「未来の歩き」を提供する「cluster」という企業は、アバターとして渋谷の街を散歩できるサービスを展開しています。ゴーグル型の装置をつければ、そこはもう渋谷のど真ん中。着せ替えをした自分好みのアバターで、街を練り歩くことができます。まるでドラえもんの「どこでもドア」が形を変えて実現されたよう。退屈な風景などはワープで飛ばして、好きな場所へ瞬間移動することも可能だそうです。身体機能の衰えた方でも散歩を楽しむことができるため、お年寄りとも相性が良いサービスです。
もし広く一般に普及して、全世界が仮想空間上に再現できたとしたら、街から人がいなくなるのでしょうか。オンライン授業にテレワーク、動画配信サービス、無人ドローン宅配の登場で、家から一歩も出なくていい世界がどんどん現実味を帯びて来ています。原点に立ち返り、方向性を定める必要性があるのは個人だけでなく、産業レベルでも同じなのですね。
しかし例えメタバースによって一瞬で太平洋を飛び越えることができたとしても、私は自分自身の目で現地まで確かめに行くと思います。現時点では花の匂いやそよ風の感触を感じることはできないそうですが、もし可能になったとしても、デジタルはリアルの近似でしかなく、完全にコピーすることはできません。よって、その時の気温や湿気、肌に張り付く服の感触、バックパックで蒸れた背中、心地よい雑音となる他の観光客の会話など、「その時その場所その状況」でしか経験できない偶発的な要素を求めて、私は家を飛び出すでしょう。いつログインしても同じような、完全にコントロールされたネット上の環境からは強い感情につながる不快感を得ることができません。ワープができるならなおさらです。次の目的地に至るまでの過程を省いてしまっては、その間にあったかもしれない出会いがなくなってしまう。全てほどほどに快適に定められた空間の中で、強い感情や気づき、刺激は得られるでしょうか?
スマートフォンとレコメンド機能の普及によって、私は自分が好ましいと感じる情報しか手に入れられないようになって来ていると感じます。メタバースの登場はこの傾向に拍車をかけるでしょう。そんな時は、あえて少し面倒な方を選んでみてはいかがでしょうか。そしてそこで生まれる「無駄」や「余計なもの」を楽しむのです。それが人生を豊かにするカギの1つになると思います。リアルもデジタルも、バランス良く使いわけながら上手に付き合っていくにはどうすれば良いのか。私たちが生きている間中、ずっと考え続けざるを得ない問いかもしれません。
今回の配信はいかがでしたか。
日々の出来事の疑問、社会、経済、文化、環境、国際的なトピックを若者独自の目線で、リスナーの皆さんと共に考え作っていく番組です。時代と共に変化していく学びについて、少しでも興味を持って頂けたら嬉しいです。次回も楽しみにしていてください。
以上、慶應義塾大学4年の小栗章太郎がお送りいたしました。