日本が世界に先駆けて、国民全員もれなく直面することになる未曾有の事態——「2040年問題」。
その解決に目標を定め、ピンチをチャンスに変えるべく、キックオフを果たした「2040コミュニティ」(2040独立自尊プロジェクトコミュニティ/※1)。
5月末の旗揚げ決起会、6月末の第2弾イベントに続き、上昇気運に乗った公開イベントが7月29日、虎ノ門ヒルズのイノベーション拠点「CIC Tokyo」とオンラインにて行われました(※2)。
日本の研究力はまだまだ、こんなものじゃない! でも、分野の壁を超えられない。組織や肩書きが邪魔をする。とはいえ「2040年問題」は待ったなし。それならここはマッシュアップ、何でも掛け合わせてみるのが、たった一つの冴えたやり方。
「研究者 × 企業 × 学生」……持ち味バツグンの変数たちを掛け合わせ、世界があっと驚く新結合を引き起こす。「研究シーズ × 実行力 × ピュアなアイデア」で、テクノロジーと社会の進化史に新たな “カンブリア爆発” を刻み込む。
大切なのはその意気込み。前半は掛け合わせ7名のディスカッション、後半には新プロジェクトの情報解禁も!? あの日の出来事を、前後編の2本立てでお届けします。(前編)
(※1)「2040コミュニティ」と参加方法
(※2) 【告知】7/29開催「研究者×産業界×学生 動き出した2040年問題への新たな一歩」
イベント名
「慶應義塾大学2040独立自尊プロジェクト:
『研究者×産業界×学生』動き出した2040年問題への新たな一歩」
実施日/実施方法
2022年7月29日 CIC Tokyo & オンラインにて実施
記事制作スタッフ
写真:菅原康太(フォトグラファー)
文:深沢慶太(編集者/IMPACTISM記事編集ディレクター)
編集協力:阿部愛美(編集者/ライター)
【Opening Remarks】
「2040コミュニティ」の現在地について
大事なことなので、何度でも言います。
2040年——このままでは日本の先行きが、一人ひとりの尊厳が、どんどん転がり落ちていく。ただし、このまま何もしなければ。
それが「2040コミュニティ」(2040独立自尊プロジェクトコミュニティ)旗揚げの理由。まずは、そこのところの意識合わせから。司会を務めるCIC Tokyoの藤瀬里紗さんの言葉を皮切りに、コアメンバーからの熱い想いを開陳します。
藤瀬里紗(司会/CIC Tokyo プロジェクトリード)
「本日は『2040独立自尊プロジェクト』におけるこの1年間の取り組みをふまえ、今後の新たな展望をみなさまにシェアしていきたいと思います。最初に、本プロジェクトを主導するKGRIの安井正人所長と、CIC Tokyoジェネラルマネージャーの名倉勝、KGRIの浅井誠特任教授より、ご挨拶致します」
安井正人(KGRI所長)
「KGRIは慶應義塾大学の学際的な研究や社会課題の解決につながる研究を推進し、その成果をグローバルに発信するために設立された研究所です。『2040独立自尊プロジェクト』は、その目玉プロジェクトの一つとして2021年4月に設置されました」
「私は、このプロジェクトの成功を目指す上で3つのポイントがあると考えています。一つは、数多くの社会課題のなかで、どの研究テーマを選択するか。二つ目に、参加者一人ひとりが課題を自分事として考える姿勢。三つ目は、コミュニティの創生です。
バックグラウンドの異なる方々が同じ目標に取り組むために重要なのは、オープンかつ自由に議論できる場と、トライアンドエラーを積み重ねていける環境です。慶應義塾の創設者である福澤諭吉の言葉『独立自尊』を軸に、さまざまな困難のなかで個人の尊厳を守るため、ともに力を合わせていきましょう」
名倉勝(CIC Tokyo ジェネラルマネージャー)
「CIC Tokyoは、スタートアップを中心に約300社もの企業や研究者、投資家がイノベーション創出に向けて活動する、日本で最大級のイノベーションセンターです。
日本の産業力や大企業の数、東京圏の人口や経済規模、研究者の数や特許数などは世界トップクラスですが、ユニコーン企業の数はGDP比でアメリカや中国の10分の1にすぎません。しかし、分断されているリソースを人々のつながりによって共有できれば、この問題は解決できると考えます」
「その点でも、最初に『2040独立自尊プロジェクト』の話を聞いた時、『これは大学の新しい形になるのではないか』と感じました。すぐれた研究と産業が結び付き、その成果を社会に還元する。始動から3カ月を経て、このコミュニティから新しい動きが始まる熱気を感じているところです」
浅井誠(KGRI特任教授)
「本日も、これだけ多くの研究者や企業の方々、学生が集まってくださったことをとてもうれしく思います。私は長らくアカデミアの世界に身を置き、産学連携が盛んなアメリカで研究生活をした経験もありますが、 ここまで多様性のあるコミュニティを目の当たりにしたことはありませんでした。その今後について、ぜひみなさまと一緒に考えていきたいと思います」
【Panel Discussion】
「2040年問題解決に向けて、研究者×企業×学生
で作るコミュニティの現在と未来」
意識合わせに続いては、本日のメインイベント前半戦。
ステージには、「研究者×産業界×学生」を体現する7名がスタンバイ。それぞれの来歴に始まり、この場についての率直な感想、未来につながるアイデアを語り合う試みです。肩書きや立場、世代や組織に至るまで、“垣根を超えたコミュニティ” の意気込みやいかに……!?
(トーク内容を抜粋構成)
藤瀬:最初に、一人ずつ自己紹介をお願いします。
浅井:先ほどご挨拶しました浅井です。後半でご紹介する、テクノロジー系プロジェクトの研究統括にも携わっています。
星野:東京工業大学 生命理工学院准教授の星野歩子です。私は「エクソソーム」(※3)という細胞間情報伝達物質の研究をしています。細胞間のコミュニケーションを担うこの極小物質が、私たちの健康にどんな役割を果たしているのかについて研究しています。
松久:東京大学 生産技術研究所准教授の松久直司です。柔らかく伸び縮みするエレクトロニクスの研究をしています。例えば、装着感のないウェアラブルデバイスを皮膚に密着させることで、より高度なパーソナルヘルスケアを実現する方法が考えられます。
荻野:東京エレクトロン サステナビリティ統括部 部長の荻野裕史です。事業を通じてサステナブルな社会を構築していくために取り組んでいます。
上原:コーセー 美容開発部の上原静香です。美容を通じてみなさんのウェルビーイングを支えるための活動をしています。
荒川:荒川稜子です。今は一般企業に勤めていますが、イギリスのエセックス大学の大学院で国際人権法を専攻し、AIと人権法の問題に取り組むため博士課程に進みたいと思っている学生の立場で、この場に参加しています。
門谷:慶應義塾大学大学院法学研究科 前期修士課程の門谷春輝です。KGRI副所長の山本龍彦先生のもとで、憲法を研究しています。
藤瀬:モデレーターの藤瀬里紗です。オーストラリアでサンゴ礁の研究に携わったのち、CIC Tokyoに勤務する傍ら、広島大学で特任助教を務めています。
ではみなさま、「2040コミュニティ」発足準備からの4カ月間、あるいは以前からの先行プロジェクトを含めて、これまでの振り返りをお願い致します。
(※3)「エクソソーム」について参考記事:【5/31開催レポート①】「2040コミュニティ」キックオフ(前編)
門谷:私自身、他キャンパスの研究者の方に会う機会がほとんどなかったのですが、このコミュニティではさまざまな分野の研究者の方にお会いできることが非常に大きなポイントだと思います。
荒川:勤務先がCIC Tokyoに入居している関係で、たまたま浅井先生とお会いしてこの場に参加するようになりました。個人レベルでは興味を抱いた程度で終わってしまう新たな情報が、コミュニティでは受動的にさまざまな話題に触れることができ、視野が大きく広がると感じています。
上原:コーセーには未来に向けて、人々の美しさやウェルビーイングを支えていきたいという想いがあります。「2040年問題」についても、ぜひ私たちの強みを活かすことができればと思います。
荻野:キックオフイベントの準備段階から参加して、エネルギーがどんどん増してきているのを感じます。まさに多様性、包摂性を具現化したコミュニティであり、普段接することのない方々と出会うことのできる場になっていると実感しています。
松久:エレクトロニクスの研究者として、門谷さんのように法律分野の方とお会いする機会はこれまでありませんでした。このコミュニティでは他分野の事柄も“自分の問題”として捉えることができますし、研究が社会に与える影響について自分自身の考え方も変化してきたと思います。
星野:興味はあっても自分たちだけでは着手しなかったであろう研究が、このプロジェクトを通して二つ立ち上がるなど、多次元的に研究が進んでいます。また、星野研のメンバーとともに参加したことで、学生にも研究者仲間と接する機会が広がり、研究室のPI(Principle Investigator/代表、責任者)と学生という関係にも新たな視点が加わるなど、とても新鮮な感覚がありますね。
動画でもリアルでも、期待の声が続々。
研究シーズの “カンブリア爆発” なるか?
藤瀬:浅井さん、このコミュニティには現時点でどれだけの方が参加していますか?
浅井:まず企業ですが、約20社が参加しており、さらに複数社が参加検討中です。これまで大学と企業が手を組む方法は共同研究が前提でしたが、本プロジェクトでは共同研究に加えて「大学から社会を変える」という理念に共感いただいた企業の方々が、社会貢献に向けたパートナー探しのために集まってくださっている側面もあります。
それ以外には、研究者が100名以上、学生は約80名で、うち半分が慶應義塾以外の大学からの参加です。総勢で250名超、この数カ月でどんどん増えてきています。
藤瀬:まさに多様な顔ぶれが集まる場になっていますが、その様子を体感できるコメント動画が完成しました。ぜひここで公開したいと思います!
藤瀬:「2040年問題」という大きな課題を掲げる一方で、これだけ多様な方たちがそれぞれに期待感を持って自発的に参加されている。これは、なかなか他にない動きではないでしょうか。ぜひ会場からも、感想をうかがいたいと思います。
永谷栄一郎:株式会社永谷園 会長の永谷です。今まで出会ったことのない個性的な人たちが、見たことも聞いたことも、そして考えたこともないような研究に取り組んでいる。2040年に向けて数多くの不安がある一方、これだけの人たちが知恵を集めて解決に向かって動いていく様子が、本当に楽しく伝わってきています。
星野:ありがとうございます。私も、まだご一緒できていない産業の方々との新たな出会いに期待しています。
松久:研究について、いろいろな視点からフィードバックをいただけることがいいですね。学生たちもイベントに出席するたびに晴れ晴れとした顔をしていて、自分の研究に対する声に触れられるのは得がたい体験だと感じました。
門谷:三田キャンパスは文系中心ですが、ここなら理系をはじめとするさまざまな分野の方と会うことができます。法律という“社会を形作るもの”に携わる立場としても、ビジネス視点の問題意識を生で聞けることは非常に大きいと思います。
浅井:慶應義塾は私学ですから、開かれた場を設けて想いのある人たちを集める姿勢が大切です。その想いとは、一つは「2040年問題」であり、もう一つは大学としての存在意義、「自分たちにしかできないことは何か」を考えるということです。その点でも、この「研究者×産業界×学生」というフォーメーションは教育のあり方として重要ですし、これこそが大学の取り組むべきスキームではないでしょうか。安井先生、いかがでしょう?
安井:魅力のある所に人は集まるものですから、まさに魅力が生まれつつあるということでしょう。これからもっと広がって、いろいろ形で社会に展開していくだろうと予感しています。
藤瀬:この手応えを、今後にどうつなげるか。コミュニティに対する期待と取り組みについて、フリップに書いていただきました。一人ずつ発表をお願いします。
荒川:「法学系・人文系のイベントやプロジェクトが増えてほしい」と書きました。いまはまだ理系の方が中心ですが、人文系のプロジェクトが加われば個人的にもうれしいですし、ぜひやりたいです。
門谷:僕は「半学半教のプラットフォームに」。「半学半教」とは、教員も学生も教え合い、学び続けるという福澤諭吉の言葉です。企業の方々も含めて、そうした学び合いの姿勢を体現できたらいいなというコミュニティへの期待と、“やりたい”という自分の意志、両方の意味を込めました。
浅井:じつは、人文系についてもプロジェクトを仕込んでいるところです。テクノロジーと“人間らしさ”の問題を深掘りする上でも、とても野心的な動きになると思います。それに、「2040年問題」は若い人であればあるほど大きな影響のある問題です。だからこそ、若いみなさんが積極的に前へ出ていけるような仕掛けが必要だと思っています。
上原:私からは「もっとフラットにつながりたい!」。このプロジェクトをもっと多くの人に知ってもらうことで、コミュニティを生命体のように大きくしていきたいです。
荻野:「夢のある社会の発展に向けて Together We Can!! KGRI 2040」です。前半は私どもの基本理念でもありますが、SDGsや超少子高齢化などの社会課題を共有し、リスクにチャレンジしていく姿勢が大切です。その一方でこれは、オポチュニティでありバリュー・クリエイションのチャンスでもあります。一人や一社ではできなくても、このプラットフォームを活かしてみんなで大きな力に変えて歩んでいきたいと思います。
松久:「シームレスな文理融合研究」。私の知る限り、工学系の研究者は法学系や人文系の方から“問題を作る人たち”と思われている節がありますが(笑)、2040年に向かう意志は同じ者同士、どういう問題が起きそうかを考えながら取り組めたなら、より面白くユニークな研究ができるはずではないでしょうか。
浅井:松久さんと僕は、着けていることを忘れてしまうようなウェアラブルデバイスを作っているのですが、理工学部では「面白い!」という感想が、法学部では「怖い!」という反応になる。こうした見方の違いに触れる経験が、とても楽しく感じられたのを思い出しました。
星野:自分のことを書いてしまったのですが、「タネProject10コ!」です。これまで研究者同士で「こんなことができそうだね」という話をしていても、大抵の場合は実現しなかったのに、ここではパッとプロジェクトの種ができた。芽が出るかどうかはわからないけれども、走り始めのハードルが一気に下がり、この先数年で10本は余裕で走らせられるなと思いました。
浅井:まさに「こんなプロジェクトをやりたい!」と思ってもらえることにこそ、このコミュニティの価値がある。「異業種プロジェクトは難しい」といわれますが、やればできるということだと思います。
藤瀬:CIC Tokyoでも数多くの企業やスタートアップにつながりの場を提供してきましたが、盛り上がりをどう実行に移すかが難しいと感じてきました。でもこのコミュニティの場合、スピーディに次の動きが始まりつつある。これは大いに期待できそうですね!