みなさん、「2040年問題」という言葉を耳にしたことがありますか? 最近、身近なところでご高齢の方が増えてきた、と感じることはありませんか?
2040年、日本は世界に類を見ない超高齢社会を迎え、それに伴いさまざまな社会問題が起きると予想されています。一方、高齢者が年を重ねても元気で自立した生活を維持することができたらどうでしょう。この問題の解決の糸口が見つかるかもしれません。
2022年2月28日、KGRI「2040独立自尊プロジェクト」主催のシンポジウム「グローバル高齢化時代と健康長寿の未来!~現在地とこれから~」がオンラインで開催されました。
2040年の日本における労働人口の減少、社会保障費の増大、そのほか社会問題の深刻化を軽減するために、健康寿命の延伸に向けて多分野横断型で取り組むKGRIの活動紹介と、各界でご活躍される先生方の講演。その模様を、学生の目線からレポートします。
2040年に向けて、私たち学生にできることがあるだろうか。ぜひこれを機会に、一緒に考えてみませんか。
イベント名
KGRI「健康寿命延伸プロジェクト」シンポジウム
「グローバル高齢化時代と健康長寿の未来!~現在地とこれから~」
実施日/実施方法
2022年2月28日 オンラインにて実施
記事制作スタッフ
文:伊庭知里(慶應義塾大学医学部3年生)
Top画像:シンポジウムの実施画面より。
※所属・職位は2022年8月時点のものです。
伊庭知里(いば・ちさと)
慶應義塾大学医学部医学科3年。医学部先端医科学研究所 脳科学研究部門に所属。社会医学や公衆衛生に広く興味を持つ。2022年2月よりIMPACTISMに参加。
2040年は、どのような世界か。
慶應義塾大学医学部教授でKGRI副所長の中原仁先生は、2040年問題とその解決策についてお話しされた。
2040年、多くの現役大学生が40歳前後となり、まさに働き盛りである年だ。すでに超高齢社会に突入している日本の高齢化のスピードは、世界各国を上回る。
しかし、日本人の健康寿命と平均寿命の差は約10歳。多くの高齢者が、最後の10年は家族などのサポートなしには生きられない。この傾向が続けば、2040年には65歳以上の高齢者一人を、たった1.5人の労働人口が支えることになり、社会保障関連の支出はGDPを上回るといわれている。
「私たちは健康に死ぬことができない」。2040年までの人口変動を大きく変えることはできない。しかし、健康寿命と平均寿命の間の大きな溝を減らすための取り組みはできるだろう。
健康寿命は、どのように伸ばせるか。
慶應義塾大学医学部 百寿総合研究センター教授の新井康通先生は、自身が取り組む百寿者(100歳以上の高齢者)の研究から、健康寿命の延伸についての講演をされた。
2021年現在、約8万6千人の百寿者が日本で暮らしている。彼らから、長寿のヒントが得られるのではないか。新井先生の研究結果は非常に興味深いものであった。百寿者は、85歳以上の高齢者全体に比べ、糖尿病、脂質異常症(コレステロール上昇)、高血圧のリスクが低いことがわかった。また、85歳以上の高齢者において日常生活における運動量が多い群では、致死率が下がることも報告されている。
では、健康寿命を決める因子は何か。それは医学的要因だけではない。機能的年齢、生物学的年齢に加えて、社会福祉や社会活動への参加などの社会的要因、さらには生活への満足度などの幸福、以上4つが健康長寿の因子といわれている。医学分野の基礎研究の発展、国連やWHOにより推進されているエイジフレンドリーシティの取り組みなどに期待したい。
健康の社会的決定要因と健康格差、そして健康寿命
イギリスのシェフィールド大学 健康寿命研究所のダニエル・ホルマン先生の講演では、本シンポジウムのトピックを考える上で欠かせない概念を分かりやすくまとめてくださっていた。
健康寿命とは何か。それは人間固有の能力(生きる、動く、考える、感じる)と環境要因によって規定されるものだという。そして、健康の社会的決定要因(SDH, social determinants of health)という言葉があるように、社会的要素(暮らす環境、経済支援など)が健康にもたらす影響は、ヘルスケアや生物学的要素よりもはるかに大きい。健康寿命延伸のための取り組みは単なる医学の問題だけではないことがうかがえる。
最後に、イギリスでの取り組みを紹介してくださった。イギリスでは、主に健康寿命の地域格差(Health Life Expectancy inequalities)を埋めるための政策が長期にわたって取り組まれてきた。グローバル高齢化問題に対する取り組みはすぐ結果の出るものではなく、長期的利益を見据えた投資である。
健康長寿に向けたブラジルでの取り組み
ブラジルのリオグランデ・ド・スル カトリック大学教授で老年医学・老年学研究所所長のダグラス・K・サトウ先生は、ブラジルにおいても高齢化が急速化していることに言及し、大学での取り組みについて紹介された。
同大学では、「University for Senior」という高齢者向けの大学を開講し、講義だけではなくワークショップや文化・スポーツ系イベントを提供している。また、「Physical Activity Incentive Program for the Elderly (PIAFI)」というプログラムでは、複数の疾患を持つ高齢者を対象にリハビリと健康寿命延伸を目的としたアクティビティに参加することができる。
これらの活動が、さまざまな地域で普及し、高齢者が健康で生活できるような社会的インパクトに期待したい。
シンポジウムを聴講して
2040年。日本における高齢化率は35%を超えるともいわれている。より多くの人が健康で生きられる時間が長くなれば、高齢化がもたらす社会への影響は小さくなるだろう。しかし、これは短期間で解決できるものではない。また、健康は医療だけでなく社会的要因が大きく寄与しているため、医療だけの問題でもない。
長期的で大きな目標は、小さな取り組みの積み重ねで実現される。この課題も例外ではないであろう。自分の専門分野から、未来の日本社会をより健全にできるようなアプローチを考えること、身近なコミュニティや高齢者の健康や社会活動を守ること。
私たち学生にもできることがあると思う。2040年、まさに働き盛りであろう世代が、今、考えたい問題である。