未だ答えのない「2040年問題」。解決の柱を担う健康寿命の延伸には、一人ひとりの意識や行動が欠かせない。でも個人の努力には限界がある……。それならば街や空間全体に、最適化されたウェルネスサポート機能を実装してしまおう!
そんな発想からスタートした「おせっかいオフィス」プロジェクト(正式名称:横浜みなとみらい地区における市民—大学—産業による街づくり “行動変容を促す街”プロジェクト)の実証実験がいよいよ始動。
研究者×企業×学生が集う「2040コミュニティ」(2040独立自尊プロジェクトコミュニティ/※1)から生まれた、革新的な取り組み。その展望やいかに?
ローンチを間近に控え、参画スタートアップや研究者の取り組みを共有し、さらなる参加やアイデアを募るイベントが2023年4月25日、虎ノ門ヒルズのイノベーション拠点「CIC Tokyo」とオンラインにて開催。
顔認証技術、AIによる行動認識、eスポーツを用いたチームビルディング……要注目のソリューションが次々に登場。その模様を、ぎゅっとまとめてレポートします。
(※1)「2040コミュニティ」と参加方法
イベント名
「<おせっかいオフィスプロジェクト始動!>みなとみらいのオフィスで実装するソリューションパートナーを募集!」
実施日/実施方法
2023年4月25日 CIC Tokyo & オンラインにて実施
詳細情報
Peatix イベント情報ページへ
記事制作スタッフ
写真:菅原康太(フォトグラファー)
編集&文:深沢慶太(編集者)
編集協力:阿部愛美(編集者/ライター)
※所属・職位は2023年4月時点のものです。
【Opening Remarks】
「2040コミュニティ」による革新的な試み
司会:桑原郁子(CIC Tokyoプロジェクトアソシエイト)
本日は「2040独立自尊プロジェクト」の一環でスタートする「おせっかいオフィス」プロジェクトの実証実験について、研究者やスタートアップから発表を行います。
浅井誠(KGRI特任教授)
私たちが直面する「2040年問題」の解決に必要なこと。それは一般社会のさまざまなステークホルダーの方々に問題意識を共有し、変化の連鎖をつくり出していくことです。コミュニティのメンバーは現時点で約450名。社会を変えていくための座組みが着々と固まりつつあるなかで、新たなプロジェクトが始動します。
【Information】慶應義塾大学×三菱地所
みなとみらい「おせっかいオフィス」プロジェクト始動!
鳥谷真佐子(KGRI特任教授)
本日ローンチの発表を行う「おせっかいオフィス」プロジェクトは、「2040独立自尊プロジェクト」と三菱地所株式会社のコラボレーションのもと、研究者やスタートアップなどさまざまな方の協力によって進められる取り組みです。(※2)
テーマは、「自分のことを知られずに、周囲からジャストフィットなサポートを得ることはできないだろうか?」。
働くなかで誰しも、身体的・精神的な辛さを抱えることは多々あります。私自身、コロナ禍でオンラインミーティングが増え、それが子どもの世話に手が離せない夕方〜夜の時間帯と重なって、本当に大変でした。そうした状況をモニタリングで検知し、周囲からのサポートにつなげられたなら、それはウェルビーイングや健康寿命の増進にもつながっていくはずです。
私たちは、こうした“おせっかい”な機能を街の空間に実装するべく、横浜・みなとみらいで実証実験を行うことにしました。ここで大切なのは、個人の事情を漏らさずに、それとなく周囲へサポートを促す仕組みをデザインすること。
例えば、「Aさんは生理痛で大変だから気を付けてあげて」と全員に知らされたら、嫌ですよね。そうではなく、香りや動きなどのさりげない方法で「チームの中に体調の優れない人がいる」と、気づきを促すわけです。
(※2)参考記事:【2/22開催レポート②】「2040独立自尊プロジェクトが新しいフェーズに!」
実証実験においては、次の4つの要素を重視しています。
まずは、「①センシング/モニタリング」で人の状態を把握する。次に、体の動き、ストレスや感情の状態などについて「②分析」を行う。その結果を周囲に「③アラート」し、気づきを促す。最後は「④サポート(介入)」。ストレスや身体的な負担の軽減、チームの雰囲気を良くするなど、さまざまなサービスが考えられます。
実現に向けて、三菱地所に横浜ランドマークタワーの産学連携イノベーション拠点「NANA Lv.(ナナレベル)」を提供いただき、技術の検証やサービス設計、アイデア創出を行っていきます。
【Pitch】
「おせっかいオフィス」参画5組の実力に注目!
桑原(司会)
テクノロジーの力で私たちの優しさをどう補完できるか、みんなで考えていく取り組みですね。ここからは、いち早く手を挙げてくださったスタートアップや研究者5組のピッチと、会場との質疑応答を行います。
① ウェルビーイングに貢献する顔認証プラットフォーム
木村晋太郎(DXYZ株式会社 取締役社長)
弊社は鍵や財布、スマートフォンなど入退出や本人確認、決済ごとに必要だったツールを本人の“顔”に集約することで、思い立った瞬間に手ぶらで行動でき、人と人が自由につながる世界を目指しています。
現在普及している多くの顔認証サービスは、利用先ごとに顔登録が必要で分断されています。弊社が展開する「FreeiD(フリード)」は、1度の顔登録で多様なエンジンやサービスをつなぐことのできる顔認証プラットフォーム。すでにオフィスや保育園、ゴルフ場、大学のロッカー、テーマパークの入退管理などに導入されており、日本で初めて鍵が一切不要な「オール顔認証マンション」も実現しています。
今回のプロジェクトでは慶應義塾大学理工学部 システムデザイン工学科の満倉靖恵教授とともに、顔情報の解析によってストレスやうつ病、認知症などの兆候を検出・通知するサービスに取り組みます。顔認証技術によって、誰もが働きやすいオフィス環境、ウェルビーイングな社会づくりに貢献したいと考えています。
林正剛(オリエンタル技研工業)
人間の顔に表れるさまざまな情報を活用する、素晴らしい技術ですね。ちなみに、顔色の解析はできますか? 例えばお酒の飲み過ぎを検知するなど(笑)。
木村
顔色は照明に左右されるのが難しいところですが、定点の撮影・解析で可能だと思います。
鳥谷(KGRI)
非常に有効な技術だと思います。個人の認証だけでなく、感情の分析もできるようになったらいいですね。
木村
瞬間の表情から喜怒哀楽を認識できます。さらに踏み込んで、体調まで検出できるようにしたいと考えているところです。
② 働く人の心理状態を“見える化”してサポート
神谷渉三(株式会社I’mbesideyou Founder&CEO)
私たちが提供するのは、オンラインミーティングや授業などの動画を解析し、コミュニケーションを支援するサービスです。コロナ禍でオンラインのコミュニケーションが増え、相手の反応が読み取れずに悩んでいる方は多いと思います。
そこで開発したのが、顔の向きや視線、音声、表情やジェスチャーなどをAIがリアルタイムで解析し、感情や心理状態などを“見える化”するツール。企業であればリモートワーク参加者の積極性や心理的安全性の評価、退職のリスクを下げるなどの適用が可能です。ちなみに社員の半数がインド工科大学出身。同大学の心理学研究者と、使いやすいUXの検討に取り組んでいます。
今回は、ハイブリッドオフィスにおける人々の状態の見える化と、AIや専門家、専門医らによるサポートの仕組みを実現したい。例えば、先ほど登壇されたDXYZの顔認証技術と連携する流れも考えられます。対象者の変化もトラッキングできますので、サービスの検証や向上にも貢献できると思います。
桑原(司会)
導入企業の目的としては、生産性向上が中心になるのでしょうか。
神谷
そうしたケースもありますが、僕らがやりたいのは一人ひとりが生き生きと働ける環境を作ること。組織側のマネジメントと、個人のウェルビーイングを両立することが私たちのチャレンジです。
(会場参加者より質問)
オンラインだけでなく、突発的なリアルの打ち合わせなどにも導入は可能でしょうか?
神谷
その方法をまさに今、検討中です。空間のセンサーやウェアラブルデバイスのデータとの相関を解析し、連携できる仕組みを作っていきたいと考えています。
③ 体の動きを検出・言語化する行動認識AI
高野渉(大阪大学 数理・データ科学教育研究センター 特任教授)
私が取り組んでいるのは、人の動きを計測して言語化する研究です。例えば人の骨格の動きを検出し、保育園や介護施設の日誌を生成するほか、スポーツ競技の採点も可能です。現在は、スマートフォン上で処理できるモジュールの開発にも取り組んでいます。
この技術を「おせっかいオフィス」にどう役立てるか、経済産業省の「健康経営オフィスレポート」を参考にして考えました。具体例として、オフィスに籠もっている人に、窓を開けて空気の入れ換えを提案する。姿勢や動作から肩のマッサージを勧めたり、ヨガの具体的なポーズまで提案するなど、いろいろな方法が考えられます。
この共同研究の場を通じて、他領域の研究者や行動認識エンジンを搭載したアプリの企画者などと連携し、行動データのプラットフォームを構築できれば、さらに大きな可能性が広がっていくはずです。
今城哉裕(慶應義塾大学大学院 理工学研究科特任講師)
行動には個人の癖があり、気分によっても変化します。「笑顔でも内心はイライラしている」といった状態まで解析できると、精度が格段に高まる気がしました。
高野
個性の抽出は今後の課題ですが、標準値に対する差分を解析していく方法が考えられます。さまざまな技術と掛け合わせることで、より複雑な行動や心理にも迫ることができればいいですね。
林(オリエンタル技研工業)
化学系の研究開発現場をはじめ、爆発や負傷などの危険につながる動作を解析できれば、安全性を高めることができそうです。
高野
はい。すでに製造業と共同研究を進めており、工場での組み立て手順を認識して言語化し、工程に抜けがないかを検出しています。
④ 不動産領域からESG〜社会的インパクトを創出
伊藤幸彦(株式会社GOYOH 代表取締役)
私どもが提供しているのは、機関投資家向けに“おせっかい×ESG”で不動産価値を向上するサービス「EaSyGo」。ESG(Environment、Social、Governance/環境、社会、ガバナンス)への取り組みは企業評価に大きな影響を及ぼしていますが、実はESGは人が大半の時間を過ごす不動産とも大きな関わりがあります。
具体的には、不動産オーナーや施設・設備と連携してデータを収集し、ESGのインパクトを高めていく。これまでにテナントや入居者に向けた行動変容プログラム、省エネ対策、子ども服の交換や子ども食堂への寄附、防災対策などの施策を、マンションやホテル、オフィスビルなどに導入。ウェルネスやマインドフルネスに加え、森林保全など環境面でも評価を高めています。
こうした建物固有のデータをみなさんのセンシングデータと連携し、不動産を起点にして“おせっかい”のあり方をより深掘りしていくことができると考えています。
神谷(I’mbesideyou)
施策と結果との相関関係をどう評価するか、見える化の方法について教えてください。
伊藤
不動産関連の側面から、賃料や空室率、満足度、ビルの電気使用量などのデータを取得し、相関性分析をしています。ここに人間の行動データなどが加わることで、評価の幅や精度もさらに高まっていくでしょう。
⑤ eスポーツでコミュニケーションの垣根を超える
桐谷恒毅(株式会社GRITz 代表取締役)
コンピューターゲームをはじめとするeスポーツを活用して、オフィスの環境やコミュニケーションを活性化できるのではないか。それが私たちの考えです。
今やeスポーツのファン人口は世界で約5億人、日本では800万人超といわれています。年齢、性別、国籍、障がいなどの垣根を超えて参加できるデジタルエンターテイメントとして、より裾野を広げるべく大会リーグの運営やメディア発信、選手のマネジメントに取り組んでいます。
「おせっかいオフィス」においては、eスポーツ×チームビルディングの可能性を感じています。チームで一つの目標を目指す上で、チーム内で勝敗を付けるのではなく、一人ひとりが異なる役割を担当し、コミュニケーションを深める仕組みを実現できるはず。
さらに、みなさんがお持ちの技術や知見と連携することにより、定量的な効果判定に結び付けられるのではないか。お力をお借りしながら、ぜひ新たなサービスを実現したいと考えます。
今城哉裕(慶應義塾大学)
チームを組んで戦うゲームの場合、営業担当が前衛を、マネージャーが回復役を担うなど、これまでの業務に応じた適性を引き出し、伸ばすことができそうですね。
桐谷
逆に、通常業務とは違う役割分担を通じて、思わぬ才能を引き出せるかもしれません。新入社員でも頭角を表しやすく、お互いの性格を知る上でもいいツールになると思います。
神谷(I’mbesideyou)
プレイ前と後で、一人ひとりの表情を解析しても面白そうだと思いました。
桐谷
ありがとうございます。御社とご一緒することで個人ごとの状況把握だけでなく、部署ごとに最適化されたゲームの提案や活用もできそうですね。
【Feedback & Input session】
「ひらめきの瞬間」を導く環境の秘訣
桑原(司会)
ここからはオリエンタル技研工業の林正剛さんに、ご自身の取り組みと、登壇された5名の方々へのフィードバックをいただきます。
林正剛(オリエンタル技研工業株式会社 代表取締役社長・CEO/クリエイティブディレクター)
さまざまなセンシング技術で、人を幸せにする職場環境をどう作るか——とても刺激的なピッチでした。
私は設計事務所の代表を経て研究設備メーカーを設立し、研究所やオフィスなど100施設以上に携わってきました。いずれも「感じるオフィス」の空間や環境を通して、「ひらめきの瞬間を作る」「人を動かす環境操作術」の取り組みです。その上で大切にしているポイントを、施工事例とともに紹介します。
まずは「距離感と空間密度」。ある化学会社のイノベーションセンタ—では、異なる部署やフロアの人同士が出会いやすくなるよう、歩く動線を多めに設けました。ひらめきを導くため、あえて非効率、非合理的な建物としています。
次に「感情や精神を軸とした組織づくり」。菓子メーカーの開発センターを洞窟を思わせる空間にして、原始時代のように親睦を深める場を作りました。
そして「空気感」。建物内の空気の質をモニタリングするセンシングユニット「KANARIA」や感性を刺激するアロマなどを開発し、生産性の高さとの相関を解析しています。
「妄想を促す環境」。モノトーン中心の職場をカラフルにしたり、ジャングルのような構成にして、自然な発想を促します。
最後は「越境する」。できあがった組織のカルチャーにとどまらず、それをどう乗り越えていくか。具体的には、他の組織と混じり合う機会を増やすこと。弊社でもイベントを開催しているほか、つくば市でバーベキューガーデンを備えたシェアラボを開設するなど、交流を促進しています。
大きな発見やアイデアを導くには、まず“感じる”ことが重要です。私たちは場と組織カルチャー作りに取り組んでいますが、みなさんのテクノロジーやツールがそこに加わることで、さらなるひらめきやウェルネスを育んでいくことができると思います。
桑原(司会)
妄想やビジョンは、どう浸透させるかが課題です。「おせっかいオフィス」の社会実装にもつながるポイントとして、ヒントをお願い致します。
林
空間や組織文化、服装など、何かを少し変えるだけで意識は大きく変わります。従来の効率性にとらわれず、非合理なものを許容する視点が大切です。
(会場参加者より質問)
ソフト面でどのような機能があると、オフィスで働く方のウェルビーイングに有効でしょうか。
林
弊社の1階にはキッチンとバーがあり、「スナックをやりたい」「釣った魚をさばいて振る舞いたい」など、社員の個人的な夢に触れることができました。仕事以外の想いを共有し、その可能性を広げることがウェルな状態にもつながるのではないでしょうか。
【Closing Remarks】
「2040 EXPO (仮)」開催告知&協力者募集!
桑原(司会)
最後に、「2040独立自尊プロジェクト」統轄リーダーの安井正人さんから、参加者のみなさまへのメッセージと今後の告知を行います。
安井正人(慶應義塾大学医学部教授)
登壇者の方々、ありがとうございました。そして、みなさんへ質問です。「おせっかい」と聞いて、ポジティブとネガティブ、どちらの印象を覚えたでしょうか? 手を挙げてみてください。なるほど、半々くらいですね。
私は、一番のおせっかいは親と子の関係だと思います。人間は生まれた瞬間から、誰かに認めてもらいたい、知ってもらいたいと、自分を主張しながら生きています。それをお互いに認め合うこと。「2040年問題」の解決に向けてAIやIoTの技術を使い、どんな“おせっかい社会”を築いていけるのか。そんな夢を膨らませています。
鳥谷(KGRI)
私たちは、本プロジェクトに参画してくださる企業、組織、研究者を募集しています。
また、夏には「2040 EXPO(仮)」を開催予定です。プロジェクトに関わる研究者や企業がブース出展し、2040年に向けて必要だと考える技術や取り組みを紹介するほか、体験展示や市民会議などを行う大型イベントで、事務局メンバーも募集しています。
我こそはという方、専門性のない方でも歓迎です。俯瞰的にアイデアを出し合い、一緒に話し合っていきましょう!