2022年5月31日。「2040コミュニティ」( 2040独立自尊プロジェクトコミュニティ)が、ついにキックオフを迎えました。
慶應義塾内外の学生、研究者、企業、行政に至るまで。この4〜5月にかけて発想ワークショップやピッチイベントを開催し、肩書きや組織を超えてポテンシャルを掛け合わせる仕組みを整えてきたところ。その発進の気運を体感するべく、虎ノ門ヒルズのイノベーション拠点「CIC Tokyo」とオンライン、合わせて約250名もの人々が集いました。
さあ、いよいよ旗揚げです。タイトルは「2040年問題に『研究者×産業界×学生』で挑む開かれたコミュニティ」(※1)。
スペシャルゲストとして宇宙飛行士の山崎直子さんをお迎えし、研究者や学生、企業関係者を交えたピッチやトーク、ディスカッション、ネットワーキングを実施。お互いのシーズやビジョンを集中的に掛け合わせ、“未来逆転”に向けて爆発的な推力を生み出す作戦です。
果たして何が起こったのか? そしてどこへ向かうのか? とても一つの記事にはまとめられません! あの日の模様を前編/中編/後編の3本に分けてお届けします。(中編)
記事①(前編)へ
(※1) 【告知】5/31開催「2040コミュニティ」キックオフイベント
記事制作スタッフ
写真:熊谷義朋(フォトグラファー)
文:深沢慶太(編集者/IMPACTISM記事編集ディレクター)
編集協力:阿部愛美(編集者/ライター)
【Special Talk:山崎直子さん】
「2040年の宇宙に人が住んでいる可能性」
「人新世(じんしんせい)」という新しい地質年代が提唱されているように、人類の営みがもたらすさまざまな要因がカオティックに絡み合い、地球環境に不可逆な影響をもたらしている現在。「2040年問題」をはじめとする社会的な課題に対しても、分野や業種単位の視点にとどまることなく、世界規模で絡まり合ったシステムの全体像を捉える地球規模の視座が求められています。
そのために、まずは想いを馳せてみる。人類の叡智が到達した最前線である宇宙から、地球と人間の未来を見つめてみる。ここで視野を大きく広げ、“やればできる子=私たち”の立ち位置を再確認。やる気を前向きに伸ばしていく作戦です。
スペシャルゲストは、宇宙飛行士として国際宇宙ステーション(ISS)に滞在した山崎直子さん。いま語られる、2040年への道のりとは?
(トーク内容を抜粋構成)
山崎直子(やまざき・なおこ)
宇宙飛行士。千葉県生まれ。1999年にISSの宇宙飛行士候補者に選ばれ、2001年認定。10年4月、スペースシャトル・ディスカバリー号に搭乗し国際宇宙ステーション(ISS)組立補給ミッションSTS-131に従事。11年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)退職後、内閣府宇宙政策委員会委員、一般社団法人スペースポートジャパン代表理事、公益財団法人日本宇宙少年団(YAC)理事長、宙ツーリズム推進協議会理事、2025年日本国際博覧会(万博)協会シニアアドバイザー、環境問題解決のための「アースショット賞」評議員などを務める。
私はエンジニアとしてのバックグラウンドを活かして、ISS(国際宇宙ステーション)の補給・組み立てミッションに参加しました。現在は政策と民間の立場から宇宙教育(宇宙甲子園、日本宇宙少年団など)に携わったり、一般社団法人スペースポートジャパンの代表理事や環境問題解決のための「アースショット賞」評議会メンバーを務めたりしています。
先日、NHKの番組『ヒューマン・エイジ』でご一緒したエジプト考古学者の河江肖剰さんは、宇宙を語ることは“出アフリカ”から始まった人類の歴史を語り、どこへ向かうのかを考えることだとおっしゃっていました。その視点から“出地球”へ至る人類の歩みをたどっていくと、人間には“想像したことを実現する力”があるということを実感します。
19世紀フランスの小説家ジュール・ヴェルヌの小説『月世界旅行』に始まり、ロシアの物理学者コンスタンチン・ツィオルコフスキーやアメリカの発明家ロバート・ゴダードなどがロケットを研究。第二次世界大戦後は旧ソ連とアメリカによる宇宙開発競争が繰り広げられるなかで、冷戦下にあっても両国の宇宙船をドッキングさせるプロジェクトが実現しました。1990年代からは国際宇宙ステーション(ISS)の利用が始まり、宇宙における国際的な協調が広がっていきます。
そして近年は中国の勢いが目覚ましく、西側諸国と官民が連携して月を目指す「アルテミス計画」の一方で、中国やロシアは独自のアライアンスを結ぶなど、地政学上の分断が残っている状態です。
また、昨年は各国の宇宙機関の宇宙飛行士の数を民間の宇宙旅行者が初めて上回りました。この60年で宇宙へ行ったことのある人は約600人に達し、なかには90歳の方や、体内に金属の人工骨を入れた方もいます。スウェーデンのある学生は「人間が火星へ行く時には、国旗ではなく地球の旗を持っていきたい」と提言していて、私もぜひ実現してほしいと思います。
ではこれから先、人類はどこへ向かうのでしょうか。いくつかのキーワードから考えてみましょう。
まずは「動機づけ」。これまでは宇宙へ行くこと自体が目的でしたが、これからは手段の側面が増していくでしょう。宇宙での資源採掘、無重力下での工場建設など、目的と手段の両輪において、官民やさまざまな分野の協力が必要になっていきます。
次に「循環型社会」。ISSではトイレの水を浄化して飲み水にするなど、水の約7割をリサイクルしています。地球上では植物の光合成が作り出す酸素も、ISSでは人工的に循環させています。電力は太陽電池パネルで発電していますが、昼夜のサイクルが14日間ずつの月面や、太陽から遠い火星では工夫が必要になるでしょう。ほかにも宇宙農業や人工培養肉の実験など、循環型社会につながるさまざまな取り組みが行われています。
「心身への影響」については、無重力環境下では筋力が落ちるため定期的な運動が必要です。筋肉の分解に関わる酵素が見つかるなど、健康寿命を延ばす発見につながるかもしれません。
また、宇宙空間という極限の状況においては、宇宙服やロボット、センサーなどを駆使して身体機能を拡張しなければ人間は生きていけません。こうした「人間の拡張性」について、法律や倫理などの面から議論していく必要があります。ISSでは人もコンピューターもミスをしますから、お互いにチェックをして修正しますが、月や火星を目指す上でさらに自動化が進んでいくため、これまでにも増して人と機械の関係性が問われていくでしょう。
次に「社会の安定性」について。地球上の出来事や社会を切り離して宇宙だけを考えることはできません。宇宙ゴミの問題も地上の環境問題と構図が似ていますし、温暖化による気候変動対策も喫緊の課題です。
そして「秩序、ルール、文明」。月や小惑星の資源を人類が活用することは許されるでしょうか。例えば、資源採取のために小惑星を爆破してもいいのか。月や火星に移り住んだ人間がその天体の環境に影響を与えてもいいか。議論が行われるなかで、「惑星保護(Planetary Protection)」という概念が広まり始めています。火星には生命が存在しているかもしれませんから、探査機を徹底的に滅菌するのもその一つです。ただ、人が行く以上はどうしても菌を持ち込むことになるでしょう。
このように宇宙を知ることは、地球を知ることに他なりません。
そして人類は、自らの手で進化を選択できる時代に入ろうとしています。サイボーグ化して機能を拡張したり、機械が知能を持って人間に近づいたり。宇宙で独自の進化を遂げたり、遺伝子操作を行ったり、バーチャル空間に特化する方向など、どう分化して進化していくのか。2040年には活発に議論されていると思います。
そしてまた、地球も生きています。私たち人類が地球の目や耳の代わりをして、共同作業で未来をつくっていけたらいいなと思っています。その上で、KGRIと「2040独立自尊プロジェクト」の今後にも、期待を寄せているところです。
【Panel Discussion】
「2040年はこんな世界になってほしいけど本当にできるの!?」
山崎直子さんのスペシャルトークに続いては、「2040コミュニティ」に参加する学生、研究者、企業関係者と山崎さんによるディスカッションを実施。「2040独立自尊プロジェクト」を体現する多様な顔ぶれが肩を並べ、肩書きや立場、分野や組織を超えて未来を語り合うことで、どんなビジョンが立ち現れてくるのでしょうか?
(トーク内容を抜粋構成)
藤瀬:ここからは山崎さんのお話を受けて、それぞれの視点から2040年の世界について考えていきたいと思います。
浅井:月面探査ロボットなど、エンジニアリングが専門の石上さんは2040年をどう考えますか?
石上:「2040年問題」は悲観的な予測ですが、山崎さんの最後の講演スライドに書かれた「楽観主義」という言葉や、研究者ピッチで感じた溌剌(はつらつ)とした雰囲気など、前向きに取り組むことが大事だと思います。みんなが笑顔になれる社会は、こうしたコミュニティから醸成されていくのではないでしょうか。
浅井:研究者ピッチに登場した早田さんや杉浦さん、いまご一緒している法学部生の高橋さんなど、若いメンバーが楽しく取り組む姿勢が大切ですね。
高橋:山崎さんのお話で印象に残ったのは、さまざまな分野の人と議論して未来をつくっていく姿勢の重要性です。宇宙といっても専門的な話に限らず、理工学や法学、倫理などと地続きの問題だということがわかりました。
山崎:哲学者のゲーテが語ったとされる言葉ですが、「自分一人で石を持ち上げる気がなければ、二人でも持ち上がらない」。だからこそ、まずは意思を持つことが大切で、そうした想いを持った人が集まるとさらに大きな強さを発揮するはずです。コミュニティが成長するなかで、それぞれの気持ちを実行に移せるような場を培っていくことが大事だと思います。
浅井:学生や研究者、企業など組織の垣根を超えたコミュニティを大学が立ち上げる、これは日本ではあまり例のないことです。すべての方に関わる問題だからこそ、それぞれが2040年を自分事として考え、意思表明をしていく姿勢がとても大切だと痛感しています。
横田:私自身、都市づくりに携わっている会社の一員として、日頃からいろいろな人で構成される“コミュニティの力”に接してきたつもりでしたが、その力は宇宙へ行っても2040年を考える上でも必要だと気づかされました。
高橋:これからの時代は、ランダム性を保ちながら発展することが大事だと感じています。それこそが、自分と似た意見や価値観など片寄った情報に囲まれるフィルターバブルや、狭い研究分野にとらわれることなく、視野を広げていく姿勢につながる。全学部が協奏して、これまで接点のなかった方々と出会うことができるこのコミュニティは、そうした想いを叶える機能の揃った場所だと思っています。
石上:いまの高橋さんの意見に感銘を受けました! 自分の研究分野から一歩踏み出して学ぶ姿勢を持つこと、これが本当に大事ですね。そして慶應義塾には、教員も学生から学ぶという「半学半教」のポリシーがあります。研究者も企業のみなさんも「自分の業種とは違う」と思わずに一歩を踏み出してみると、必ずや新しい発見があると思います。
山崎:お互いに“学び合う”ということが、今日この場のキーワードのような気がします。そして大事なのは、多様性を保ちつつも、大局的には同じビジョンを持って進むこと。多様性と舵取りの両輪こそが、コミュニティにとって重要だと思います。
浅井:「2040年問題」という多角的な問題に対しては、図抜けた才能や技術がリードするよりも、こうした集団的知性がより高い価値を発揮するはずです。そのために、私たち研究者が走りながらビジョンを作っていく。山崎さんのお話にあったように、夢想することこそがアカデミアの原動力になります。そのムーンショット的なビジョンを今日のように“社会の真ん中”で訴えることで、現実の世界を惹き付け、動かしていきたいと考えています。
藤瀬:みなさん、2040年はどんな世界にしたいですか?
高橋:実は、私の個人的な夢は空を飛ぶことです。その意味でも、宇宙がもっと身近になればいいと思います。いろんな企業が集まれば、これまで気づかずにいたことも考えるようになって、強みを活かせる部分が見えてくるかもしれない。そうすることで、課題も解決していけると思います。
山崎:例えば月面のインフラ維持のために派遣される人など、人生を宇宙を過ごすつもりで地球を離れる人が出てきていると思います。民間から仕事で宇宙へ行く人が現れ始めたら、その動きはどんどん加速していくはずです。
浅井:出張先が月面とか、いいですね! まさにフィールドワーク。
横田:自分たちの仕事が実は宇宙と関わりがあるということを、日本の企業はもっと知らなければいけないですね。
石上:2040年は必ずやって来ます。でも、日常生活の中ではどうしても先の話は忘れられがちになる。このコミュニティで「自分たちが変えるんだ」という気概を醸成していくことが大事だと思います。ビジョンを共有しているということが心理的安全性につながって、前向きなディスカッションを後押ししてくれる。そう感じています。
高橋:私自身、大学の研究といろいろな会社が結び付く瞬間を体験できて、それがとても面白いと実感しています。学生の中からも「このコミュニティに集まっている研究から、スタートアップを立ち上げてみたい」という声が挙がっていましたし、研究を大学の中だけで終わらせず、実際の社会で役立てていける可能性があること。ここが一番興味のあるところですね。
横田:素晴らしいですね。世代の違う若い方からこんなに刺激を受けるとは思わなかったし、宇宙の話を聞いているうちに視野も広がる。ここからどれだけのことを社会実装できるだろうか……と想いを馳せてしまいました。ぜひみなさんと一緒に考えていきたいです。
浅井:最後に山崎さん、「2040独立自尊プロジェクト」への応援メッセージをお願い致します。
山崎:研究者ピッチのお話にワクワクして、感動しました。そして「社会の真ん中で夢想する」という言葉、とても好きです。最初から完成したビジョンでなくても、多様なビジョンをどんどん発信していただきたい。そうすることでまた新しいビジョンが喚起されて、いろいろなイノベーションが立ち現れてくると思います。このプロジェクトとコミュニティがさまざまな人たちのハブとなり、社会をつなげていくことを期待しています。
続いては……【企業ピッチ】
各社が取り組む2040年のシーズとは?
世代や所属を超え、山崎直子さんとともに交わされた未来トーク。
「2040コミュニティ」の通奏低音ともいうべきポジティブなグルーヴを体感しつつ、続く後編では、精密機器や飲料、化粧品メーカーまでさまざまな企業関係者によるピッチや、イノベーション拠点CIC TokyoとKGRIからのメッセージ、今後の展望についてお届けしていきます。